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お通夜に出席するということ。2017.3.6

お通夜。

 

粛々とした厳かな雰囲気が嫌いではない。

 

むしろ好きである。

 

不謹慎かも知れない。

 

チャンスがあれば出席するようにしている。

 

チャンスという表現も不謹慎かも知れない。

 

 

今日、出席させて頂いたのは祖父の時代から

お付き合いがある方のお通夜だった。

 

祖父が亡くなった時に遠方から出席してくださった方だった。

 

その時、僕は震えた。来てくださったのかと。

父も驚いていた。

でも、お焼香をあげただけですぐに帰られてしまった。

多分、その方には父も遺族も関係はあるけど、どうでもよくて、亡くなった祖父との最後の別れだけに来てくださったのだと思った。

だから、亡くなった祖父のことを「友達」と呼んでいたのだと思う。

祖父の息子である僕の父や孫の僕らは関係があるようで、関係はないのだ。

こう書くと今日お通夜に来ることが嫌だったと思われるかも知れないがそうではない。

僕はちゃんと心の中で感謝を申し上げ、祖父とぜひそちらで会ってくださいと伝えた。

おそらく祖父も10年以上待っていたかも知れない。

いや、それでは亡くなるのを待ち望んでいたような表現になってしまう。

死について書くと、時に不謹慎すぎる文章になってしまう。

 

 

人が亡くなると不幸があった不幸があったと、よく言うけれど本当に不幸なのだろうかと思う。

 

お通夜と言うのは人が集まるものだと思い込んでいたが、それは亡くなった方の生き方によるわけで、僕が死んだ時どうなるかと思った。

 

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